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フシギにステキな素早いヤバさ

フシギにステキな素早いヤバさを追いかけて。俺は行くだろう。

主語とことば機構と小説と詩とフミカ、そして寝る

もうすぐ寝なければならないです。明日は早いから。
しかし、たまに詩のようなものを書かないと、「ことば機構」が錆び付いてしまうのです。

主語

さて、この「はてなブログ」を書いていて個人的に一番「はてなダイアリー」と違うのは、主語の書き方です。あるいは所有格です。
僕は明晰な文章を書くのが苦手なので、論理的と思われる文章は英語のような文型を使って構文して書いています。

それは、まぁ詩歌や小説にも言えるかもしれないですが。はてなダイアリーにおいては、もっと意識してコントロールしているのですが、雑賀壱さんのように軽やかにをコンセプトとしているこのはてなブログでは、主語が省かれる文体のことが多いようです。ここでいう主語が省かれるというのはつまり「僕」という一人称をさしています。

ことば機構

丸山圭三郎によるソシュールを読んでいます。操作可能な対象としてのことばは音や意味、文法形式などからなっていると考えられるようです。
ことばをオブジェクトとすると、ことばについているハンドルを、まるで Illustrator でいじくりまわすように操作すると、それは構成します。なにかを。
その構成が、絵を描くのと同じように面白いと思います。
絵を描くのが、対象を表現へと置き換えていく面白さと同時に、絵についているハンドルを操作する面白さがあるのと同じように、ことばもいくつかのハンドルをつかって操作すると面白いものです。

たとえば、それが詩です。小説もその範疇としてとらえています。

小説

水滴が鳴って、くりかえし落ちます。僕の部屋で霧みたいに白く立ち上るお香の匂いを発生させる発光体が、適度に気分を散らしてくれます。
眠るとき、布団の中で聞き耳を立てていると僕は両親が若くて、まだ自分が小学生だったころのことを思い出します。
いやなきぶん。
だから、眠りが馬車に乗った顔の見えない伯爵のような姿で、僕の枕元に訪れるまでそれを聞きます。その音はことばに似ている。
ちゃん、ぴちゃん、としゃべるみたいなアロマ・ディフューザーに、全身の精神をあずけます。
暗闇の中に、若かった父と母がありもしない階下のリビングで、借金や教育や躾をめぐって、誰でもない僕と姉のために争いごとをしているのがわかるような気がしてきます。
僕は今はもう一階に住んでいるのに。
しかし、連続する水滴の音は、くぐもって掛け布団を頭の上まで引き上げた僕の耳へ到達し、その存在しない階下の音を遮ってくれるのです。

フミカ

笑ってるファンシーガール
持ってる傘かしてほしいんだよね
スカートはいたら フミカ
スニーカー二足 さゆり
いろんな物をいろどるよ 声
スーパー抱きしめたい女の子
ダメにしてみたい僕の記憶を
水に(らんら)濡らして(らんら)
漕ぎ出せば舟 空ばかりラブリー
イメージガール イズ フラッシング みらくる

おやすみ

寝る。