フシギにステキな素早いヤバさ

フシギにステキな素早いヤバさを追いかけて。俺は行くだろう。

みらくる明るいセカイ枠はじめます

同人誌『筑波批評』シノハラユウキさんからお誘いを受けて、2011年6月12日開催予定の文学フリマにてJ-POP/アニソンにかんする歌詞論などを書かせていただけることになりました。

いままでブログのセカイにはあまり出すことのなかった自分の歌詞論ですが、Twitter および Togetter と連動させながら、このブログでは多少まとまりのある話を書いていきたいなと思います。

実際どうなるかはわかりませんが、自分ではこうしたいと考えています。

  1. TwitterTogetterでは具体的でカジュアルな分析などをする。
  2. ブログでは粗削りでいいので、理論的な補足や理論の展開をカジュアルに行う。
  3. 上記素材を、同人誌にて完全パッケージする。

正直、自分の歌詞(そして旋律やリズム)についての考えが誰かの反応を得られるとは思ってもいなかったのですが、これから継続的に考える糧になればと思い、ネットやリアルの世界でがんばって活動していこうと決意しています。

友達がたくさんほしいです。気軽に声をかけてください。
批判どんとこいです。やってやるです! 意見や感覚の違いをことばですりあわせ、対話しようとしてくれる人は僕が好きです。
自分が音楽について真剣に考えているからこそ、ある人の考えに怒りをおぼえるということはあると思います。僕だってそう。対立したときは、対話しましょう。そして知をなしましょう。

私の欲望

僕の欲望はふたつあります。

  1. 誰もがJ-POPについて批判的に語れることばをつくること。
  2. J-POPが達成した成果を知として共有すること。


「誰もがJ-POPについて批判的に語れることば」とは、具体的には次のようなレベルを要求しています。

  • 高校生までの国語教育をまっとうに受けていれば、基礎的な用語を理解するだけでそれなりの分析ができることば。
  • 作品のマイナー/メジャー、つまりその作品の享受される社会についての理解度に依存せず、独立して作品分析ができることば。
  • 表現のわかりやすさ/わかりにくさ、言い換えれば、意味のありそう/なさそうな程度に関係なく、多様な表現を横断的に比較分析できることば。つまり無意味な表現を無意味なままに分析し評価できることば。

「J-POPが達成した成果を知として共有する」とは、次のような知の共有を目標としています。

哲学的課題/社会学的関心/音楽学的興味/言語学的関心/文学的興味など

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すべてはできないでしょうが、論理や論証が不完全でも臆せず書き、継続できるかぎり積み重ねていきたいと願います。
願わくば、尊敬する泉信行さんの『漫画をめくる冒険』のような同人誌を上梓するのがひとつの夢です。