フシギにステキな素早いヤバさ

フシギにステキな素早いヤバさを追いかけて。俺は行くだろう。

石桁真礼生『新版 楽式論』が推し

遠く離れた実家に置いてあるので、この記事を書くためにもう一冊買ってきました。
この本を紹介するためというよりは、このブログにてどうしてもいちど参照しておきたくて書きます。
なお、本書の梗概は次のブログ記事にてまとめられていました。
楽式論を適当に読んでみる(1): 7分の7拍子
本書を読んだことがない方や、読んだけど思いだしたい方は参照されると良いと思います*1

楽式論と歌詞論

楽式論とは作曲学の一部であり、音楽の形式を研究する学問です。僕たちがなんとなく「Aメロ」「Bメロ」「サビ」と呼んでいるような音楽の「構造」を分類し分析する学問です。*2
特にクラシックで作曲するわけではない場合、楽曲の形式はジャンルによって限定されていることが多いのでわざわざ楽式を学んでいる人は少ないかもしれません。本書のまえがきを引用してみます。

もともと、音楽は時間芸術の代表的なものです。したがって、音楽の本質はその時間的な構成美にある、といってよいでしょう。楽式論はその構成を研究するのが目的ですから、作曲にはもちろん、演奏においても、鑑賞においても、音楽に対する理解を深くするために、絶対に必要な教課です。
(石桁真礼生『新版 楽式論』、p.1*3

「音楽の本質はその時間的な構成美にある」と石桁さんは仰っていますが、「そうか!」「そうかな?」と思索的、哲学的に考えるのはやめ、僕たちはこう考えたいです。
楽式論は、音楽の本質をその時間的な構成美にあるものとして「考えてみる」ためのツールなのだ、と。

時間的な構成

つまり方法論的に考えよう、ということです。
僕がこのブログで当面書いていくことの結論は、「歌詞の本質をその時間的な構成美にあるものとして考えてみよう」ということです*4
だから、僕の押韻による分析も、この方法論に基づいています。歌詞の分析は、

  • 単にテキスト分析的な方法ではなく、
  • 音楽的すなわち時間的な方法でする必要があるのではないか

という問題提起を僕はしているのです。
もともと、「歌詞について時間的に考え語る方法はないのか」と考えていたところ、本書に出会い、「これを敷衍すればあるていど普遍的な語りかた、ことばが得られるにちがいない」と思いました。だから音楽理論に詳しいボカロPさんたちには、ぜひ第1章を読んでほしい本であります。
また、音楽批評に関心がある方たちも、読む際には、単なる実用書や理論書としてではなく、「なぜ音楽はくりかえす構造をもっているのか」、「なぜ歌詞はくりかえす構造をもっているのか」と問いかけながら読むと収穫があると思います。
それぞれが自分の内側で育ててきた方法論を明るく照らしてくれる本だと思います。
これから理論的な話をするときには、必要に応じて本書から引用をしたいと思っています。そのためにまずはこの記事を一本書きました。

*1:あと、「7分の7拍子」ブログ管理人さんのことご存じの方がいたら僕に教えてくださいませ。ブログだとなぜかコメントすらつけられない。

*2:西洋の音楽理論の体系については Wikipedia を参照するのがいいでしょう。[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E7%90%86%E8%AB%96:title]

*3:音楽之友社、初版1949年→新版1966年

*4:このように、考えをいったん思想や信念から切り離して、「とりあえずこう考えてみよう」とすることを、方法論的に考える、と言います。