フシギにステキな素早いヤバさ

フシギにステキな素早いヤバさを追いかけて。俺は行くだろう。

萩原朔太郎『月に吠える』からSphere『Super Noisy Nova』へ(上)

なかなか書き終えることができないので、上下か上中下ぐらいに分けて、韻律と押韻、楽句と調性感(終止感)などの話を書いて公開していきたいと思います。
僕が何を経由して、作曲理論と作詞理論を結びつけようとしているのか、それを語りたいと思っています。

萩原朔太郎『月に吠える』の韻律と押韻

天景

しづかにきしれ四輪馬車(しりんばしゃ)、
ほのかに(うみ)はあかるみて、
(むぎ)は(とお)きにながれたり、
しづかにきしれ四輪馬車(しりんばしゃ)。
(ひか)る魚鳥(ぎょちょう)の天景(てんけい)を、
また(まど)(あお)き建築(けんちく)を、
しづかにきしれ四輪馬車(しりんばしゃ)。

萩原朔太郎「天景」(『月に吠える』、「雲雀料理」から)

1行目での、シの音に注目してみましょう。

詩本文 音数 シの位置
シづかに 4音 頭にある
きシれ 3音 中間にある
シりん 3音 頭にある
ばシゃ 2音 中間にある

この淡白な表を読むよりは次の表現のほうがわかりやすいかも知れません。
「シづかに:きシれ:シりん:ばシゃ」は「4音:3音:3音:2音」に分割できます。
シの音による押韻の位置は、「頭:中間:頭:中間」の順になっています。
さて、韻律は七五調ですから、「4音+3音:3音+2音」とグループ化して対比をとらえると、「シづかにきシれ:シりんばシゃ」となり構造がよりわかりやすいかもしれません。ここには明確なシの音の押韻があります。七五調という日本語の韻文で慣れしまれている韻律を用いること、それから頭韻を用いることで、構造は読み手により明確に訴えてきます。
逆に、脚韻をさけて1音前倒しで押韻されている「きシれ:ばシゃ」の対比はその押韻構造がすこし隠蔽されていると言えるでしょう。
分析したことをもう一度表にするとこうなります。

詩本文 音数 シの位置
シづかにきシれ 4音+3音 頭と結尾直前にある
シりんばシゃ 3音+4音 頭と結尾直前にある


次に2行目での、ミの押韻に注目してみましょう。

詩本文 音数 ミの位置
ほのかにうミは 4音+3音 結尾直前にある
あかるミて 5音 結尾直前にある

ここでは「しづかにきしれ四輪馬車」で見られたような頭韻は失われています。また、「きシれ:ばシゃ」に見られたのと同様に、押韻の隠蔽、つまりミの音による押韻の構造がより見えにくい操作がされています。
しかし、フレーズの前半でじつはしっかりカの音で押韻が行われています。

詩本文 音数 カの位置
ほのカにうみは 4音+3音 中間にある
あカるみて 5音 中間にある

頭韻や脚韻ならば、その位置を説得性をもってカンタンに「ここで押韻していますね」と指ししめすことができるのですが、このような音数が不揃いかつ中間の位置での押韻は、指ししめし方としても、「意味論的に中間に配置されたカの音やミの音」という表現しかできません。したがってあえて僕は「押韻構造が隠蔽されている」という表現をとっているわけです。
前者が表現としては誠実な気はしますが、批評的に格好がつくのは後者かな、と思っているだけですw
どっちがいいか、という意見があれば教えてくださいませ。

句と句の対応、節と節の対応、全体の関連づけ

では、3行目を見てみましょう。
「麦は遠きに流れたり」。このフレーズは、1行目や2行目から引きだされた音韻を利用しています。
1行目との対比では「しづかニキしれ:とおキニながれたり」という「ニキ:キニ」の音列の語順が倒置された押韻が出てきます。
また、「きしレ:ながレ」というレの音による押韻があります。
さらに、「しリんばしゃ:ながれたリ」ではリの音による押韻があります。
2行目との対比では「うみワ:むぎワ」のようにワの音による押韻があります。


また、お気づきかも知れませんが1行目と2行目は「しづカニ:ほのカニ」で押韻もされています。
したがって、「天景」の1行目から3行目までの間には、

  • 1行目内で完結する押韻
  • 2行目内で完結する押韻
  • 1行目と2行目を関連づける押韻
  • 1行目から3行目までを関連づける押韻

があり、4行目にふたたび1行目のフレーズをもってくることで押韻の効果を強調し、読者に確認しているわけです。