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フシギにステキな素早いヤバさ

フシギにステキな素早いヤバさを追いかけて。俺は行くだろう。

2011年9月4日発行『ボカロクリティーク』Vol.01の紹介です。(その5) 前回のつづきです。

10:NezMozzさん

ボーカロイドというシーンを「複雑な地形」が画かれた地図ととらえ、「地図を読むかのように」渉猟するのだ、という意の文章です。NezMozzさんは次のように述べます。

この地図を、ボーカロイドシーンを形作っているのは誰だったのでしょう。(…)典型は実はどこにもいないのです。いるのは、あるのは、この地図のそれぞれの住人であり、それぞれの地形で、それぞれであるが故に地図を構成し得ているのです。

大江健三郎の『個人的な体験』という小説の冒頭は、書店の世界地図売り場でアンティークなアフリカ大陸の地図を眺める男の記述から始まるのですが、NezMozzさんの文章を読みながら僕はその場面を思い出していました(なぜなら、その場面を10回ぐらい書写したり、語彙の分類や文法的な構造の分析などを小説の勉強のためにやっていたことがあったからです)。
それはさておき、ボーカロイドシーンにはひとつの中心がありそこから波及的に盛り上がりをみせていると想像するのではなく、「都市」や「なんでもない電柱や路地がきちんと書き込まれた細密な地図」としてそれを読むことで、ボーカロイドシーンという地理を楽しむことができるというNezMozzさんの主張には温かいまなざしを感じずにはいられません。その視点が、そこに住まい、静かにだったり騒がしかったりしながら考え、葛藤して生きるさまざまな人々の姿をすべて肯定的にとらえる想像力だからです。