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フシギにステキな素早いヤバさ

フシギにステキな素早いヤバさを追いかけて。俺は行くだろう。

ぴちぴちピッチの劇中歌(第2回)

くりかえしによる構成

前回(『ぴちぴちピッチ』の劇中歌 - みらくる明るいセカイ)、僕は「ハレ晴レユカイ」のタイトル、およびAメロの「ナゾナゾみたいに」を引いて「くりかえし」による構成、つまり「押韻」について言及した。歌詞の構成に明確な押韻の形式をふくんでいることは、わたしたちの聴取に「くりかえし」に注目させる可能性がある。つまり、作者の「ことばどおりに情景やメッセージを伝えたい」という意図や、聞き手の「字義どおりに解釈したい」という意志にかかわらず、踏まれて(しまって)いる韻の独特のネットワークによって、歌詞の意味がなかば自律性をもって成立しようとしてしまう。そのような可能性があるということだ。
どういうことか。

ハレ晴レユカイ」とハルヒ

ハレ晴レユカイ」では1番サビに「ハ」の音が印象的に出現する。

ある はれた ひのこと まほういじょうの ゆかいが

ハレ晴レユカイ 平野綾/茅原実里/後藤邑子 - 歌詞タイム

ここには「あル」「ハれた」「ヒのこと」という文節のそれぞれに「ハルヒ」ということばの音がふくまれている。
ここで、非常に率直な話だが明記しておきたいことがある。それはこのTVアニメシリーズのタイトルが「涼宮ハルヒの憂鬱」であり、そのED曲のタイトルが「ハレ晴レユカイ」であり、そのサビで「アル晴レタ日ノ事」というフレーズが用いられていることだ。たとえばそこにある「ハ」の音は一聴したかぎりでは「ハの音が象徴的にくりかえされているのだ」という程度まで意識にのぼることはないかもしれない。けれど、アニメの放送されている期間中、わたしたちは「ハルヒ」という音の記号にくりかえし触れ、「ハレ晴レユカイ」を何度も耳にする。このとき、くりかえされる符合が意味の形成に関与しないということが実際に考えられるだろうか。


それでも、「ほんとうに作詞家がそのねらいでやったのか?」という疑問がわたしたちの頭をよぎる。たとえ実際のところ「韻を踏んでいるように聞こえる」としても、作者にその意図が少しもなかったのならそれはフェアではない理解のように思われるからだ。
論理の問題よりも、ひょっとしたら解釈の倫理の問題にちかいかもしれない。
だから僕がここで、「ハレ晴レユカイ」「ナゾナゾみたいに」は、「はれはれ」「なぞなぞ」という「くりかえし」を指向するフレーズなのだと指摘するのは、「くりかえし」、あるいは「押韻」を経由してわたしたちは意味をききとってもいいだろうという判断のひとつの根拠を、示すためである。
そのわかりやすいくりかえしをまずはじめに聞き取ることで、わたしたちの耳は他のある音の「くりかえし」にも繊細にフォーカスしている可能性があるからだ。

「Legend of Mermaid」と「マーメイドメロディー

前回のエントリーの最後で指摘したのは、次のことだった。


「Legend of Mermaid」の歌詞はAメロ「ナナいろのかぜにふかれて」ではじまり、サビで「ナナつのうみのらくえん」「ナナつのくにのめろでぃあ」のように「ナナ」の音のくりかえしが確認できる。「ナナ」はそれ自体が「ナ」の音の反復でつくられており、またフレーズの押韻する位置(つまりメロディーの冒頭どうし)からみてもこの歌詞には押韻のなすネットワークからなにがしかを聴き取る根拠があるだろう。


さて、(「レジェンド・オブ・マーメイド」という「ド」あるいは「d」の音で脚韻が踏まれたタイトルを持つ)この曲にはどのようなくりかえしがみつかるだろうか。
ここで、僕の個人的な感覚から述べると、サビの「ななつのうみのらくえん」というフレーズでは、「ナ」の音と「ラ」の音が深く印象に残る。ナの音が印象に残る根拠については先に述べたAメロとの一致を挙げることができるだろう。ではなぜラの音は印象的か。それがこのエントリーで考えたいことだ。

愛とマーメイドプリンセスたち

TVアニメ「ぴちぴちピッチ」には、いずみのさんのエントリー(【誰得企画】泣ける『ぴちぴちピッチ』のボーカルソングTOP6 - ピアノ・ファイア)にもある通り、真珠の力ですばらしい歌をうたうことができる人魚のプリンセスたちが、敵の水妖たちのきらう愛にあふれた歌を歌うことで追い払うという戦い方がえがかれている。水妖は耳を塞げばプリンセスたちの歌の効力を避けることができるのだが、歌を聴いてしまうと「この歌きらいー」と苦しみ、しっぽをまいて、「くやしいー」といいながら逃げ出さざるを得ない。
「いくわよー。ピチピチボイスで、ライブスタート!」のかけ声でステージが始まり、プリンセスたちは歌いだす。愛にあふれた歌と踊りで水妖たちを苦しめ、ステージがキマったあと、逃げ出す水妖たちにマーメイドプリンセスたちが放つ決め台詞は「ラブシャワーピッチ!」であり、追い打ちをかける「アンコールはいかが?」である。
ここでは「ぴちぴち」という音が「ピッチ」と呼応し、「ライブ」がステージ終わりの「ラブ」と呼応している。
おそらく、サビの「らくえん」に僕の耳がひかれるのは、たとえばこのような「ライブスタート!」や「ラブシャワーピッチ!」といった反復される決め台詞に由来しているかもしれない。そしてそれらの押韻の呼応は、アニメ全体のテーマや歌詞の内部におけるメッセージとも呼応して意味を生み出すだろう。たとえば?

(1番サビ)
ななつの うみの らくえん あらしの よるの あとには
 あいを つたえるため いのちが また うまれる

Legend of Mermaid

ここには「ラくえん」「あラしの」という押韻がみられる。けして頭韻や脚韻がふまれているわけではなく、前者が文節の1番目にきているものが後者では文節の2番目にきている。したがって押韻の強調としては弱めの呼応の組である。
さて、意味に注目すると「楽園」「嵐」すなわち平安と動揺という対立する状態をあらわすことばが対比されている(この直前には鳥たちの飛んでいく「空」や「宝島」という希望や前途を象徴することばが用いられていたから、「ラ」の音は比較的「ラブ」に寄せられるような理想的な状態を表象していた)。この時点で二語は「ラ」の音による押韻と、意味の対比によって結びつけられている。
「あらし」をきっかけに押韻は「ア」の音へとシフトする。すなわち「アらしのよるの」「アとには」「アいをつたえるため」という押韻へとだ。三回の頭韻は、くりかえしの強調としてはつよいものだ。ここに語られている概念的なストーリーは、「平安と動揺」→「動揺の終焉」→「愛」→「命の成立」であり、押韻の受け渡しとしては「ラくえん」→「アラしのよるの」→「アとには」→「アイをつたえるため」→「イのちがまたうまれる」という経路が成立している(ア→イ→ウまれるという音の順次進行にもにた力強さにも注目してほしい)。「いのチ」もまた生命力をあらわす「とりたチ」や「ぴチぴチ」と関係があるのかもしれない。
ここには「愛(ラブ)」をめぐるひとつの論理がある。
また、歌詞で語られているストーリーの進行と同時に押韻も進行しているということは、作曲的な志向、すなわちメロディーが進行すると同時に小さな音型の反復や音程の反復が行われるという志向とも類比されて考えられてよいと思う。


いずみのさんが、

サビの繰り返しが印象的なだけでなく、「嵐の夜の後には 愛を伝えるため 命がまた生まれる」「星降る夜のファンタジア 溢れる涙と祈り」といった雄大で力強い歌詞も泣ける要素ですね。

【誰得企画】泣ける『ぴちぴちピッチ』のボーカルソングTOP6 - ピアノ・ファイア

というように、「愛」という歌詞のテーマに陳腐さを感じずむしろ雄大さを感じたとしたら、ひとつの根拠として、ここまで述べたような押韻や形式やストーリーや台詞たちが呼応して歌のなかで意味を形成できるから、というのもあるかもしれないと僕は思う。


たぶん、まだつづきます。