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フシギにステキな素早いヤバさ

フシギにステキな素早いヤバさを追いかけて。俺は行くだろう。

歌詞論の端緒(その3)

創作論としての視点を与えられたとき、僕は椎名林檎の作詞についてどのように考えるか。
しかし、まず楽理の話から。

機能和声、転回形、局所

ポピュラー音楽でほぼ共有されるプロトコルのひとつと思われる音階、あるいは機能和声という考え方を歌詞の創作的な分析と併走させるにはどうすればいいか。これが僕のひとつの課題である。これは完全に方法論的な意図を持っている。


音階のしくみを僕なりに細部を捨象して話すなら、それは混沌とした音のセカイに「楽音」と認定されるものを見いだし、それらに記号を振ってひとつの体系の中に秩序づけるシステムである。菊地成孔大谷能生は『憂鬱と官能を教えた学校』において「デジタライズとしての平均律」あるいは「ビットマップ化」という表現をしている。たんに歌ではなく、歌詞に注目する場合、僕はデジタライズというよりは記号化という側面に注目しているのだが。


平均律による調性というシステムでは、音の空間に、今述べた7音階という観点から音階の主音、属音という「機能」によって次のような番号を各音(音階構成音)に割り振る。

  • 長調 ドレミファソラシド → i-ii-iii-iv-v-vi-vii-i
  • 短調 ラシドレミファソラ → i-ii-iii-iv-v-vi-vii-i


機能和声という考え方では、この表記に基づいて、三和音、四和音などを次のように抽象化して表記する。矢印の右側は和音の構成音である。

  • Iの和音 ドミソ → I = i iii v
  • IVの和音 ファラド → IV = iv vi i
  • Vの和音 ソシレ → V = v vii ii


なお、「転回」という見方によって、以上の和音は和音構成音が同じならば、「同じ和音でありかつ構成音の積み重なり方がことなる」という呼ばれかたによって、機能としての同一性が認定される。

  • Iの和音 ドミソ → I = i iii v(基) = iii v i(第一転回形) = v i iii(第二転回形)


和音という考え方は、同時的な発音すなわち垂直的な積み重なりだけではなく、分散的な発音すなわち局所的で水平的なつらなりによっても成立する、音のグルーピングの見方である。


通常、コード進行を基礎としているタイプのポピュラー音楽においてはこのような和声の進行、および和声における内声・外声の動きというものに注意が払われながら作曲がされる。作曲は現在では単に「音の配置」と呼んでもよい場面もあるだろう。
単に美的という観点からだけではなく、いちど機能和声というものを習得し意識することによって、混沌とした音たちのコントロールという作業が、より俯瞰的に行いやすくなることがある。それは西洋の音楽の作曲において蓄積された記号的・形式的な方法論の蓄積によるところが大きいだろう。そしてのちに電子音楽の。


日本語による作詞において、音素というものに注目するならばそれは50音ぐらいの記号があり、7音あるいは13から17音ぐらいまでの記号化によってなりたつ機能和声の方法とは複雑さの度合いが違いすぎる。したがって、日本語による作詞の方法論を、それになぞらえるならば、より狭い範囲(1小節とか1パートとか)に限定した範囲での音素による記号的な構成のまとまりをみることによってある程度可能となるのではないか。

「ここでキスして。」における「あなたに」の例

あたしは ぜったい あなたの まえじゃ
さめざめ ないたり しないでしょ
これは つまり つねに じぶんが
あなーきーな あなたに にあうため

椎名林檎「ここでキスして。」)

押韻に注目し、そこに発見される局所的な秩序を、短期的に成立する音階のようなものととらえる。
たとえば、Aメロの最後に見られる「あなたに」をi-ii-iii-ivとマッピングすると、
「あなーきーな あなたに にあうため」からは「あなな あなたに にあた」という配列が抽出されるので、i-ii-ii i-ii-iii-iv iv-i-ii と表記できる。細かいことをおいておけば、ここには強く「あなたに」という音による組織化がされているということがいえるのだ。
ここから遡行的に、Aメロ冒頭からの各文節の組織化の度合いをはかることもできる。

  • 「あたしは」→「あた」 i-iii
  • 「ぜったい」→「た」 iii
  • 「あなたの」→「あなた」 i-ii-iii
  • 「ないたり」→「なた」 ii-iii
  • 「しないでしょ」→「な」 ii
  • 「つねに」→「に」 iv

「あなーきーな あなたに…」から遡行的にはかるとすれば、Aメロではじわじわとiiiの音すなわち「ナ」の音を中心としながら押韻の組織が形成されようとしていることがうかがえる。

いろいろうねりながら続くよ。