【メモ】アニソンとは/キャラ、ミュージシャン、タイアップとか
Twitterでたんぽぽさんが次のような事をつぶやいていました。
(アニメ知らなくて聴くアニソンはアニソンじゃない……?)
— 茜涼夏a.k.a泡沫たんぽぽ@作業をたくさんする (@akanesuzuka39) 2013年5月19日
アニソンはアニメ見ていることが前提で作られてるから、知らなかったら違うふうに聴こえるのかなーって思ったのです。
— 茜涼夏a.k.a泡沫たんぽぽ@作業をたくさんする (@akanesuzuka39) 2013年5月19日
シノハラさんか誰かが、以前「声優を使っていればアニソンとわかりやすいけど、ミュージシャンが歌っている場合はどうなのか」ということを言っていたような。
ボカクリ(声ならざる声のために)や筑波批評2013春(天海春香は遊具となりて揺動す)での論から推察すると、シノハラさんはキャラの声やキャラの身体の断片にキャラクター性は埋め込まれているという立場で、それならばアニメ本体を知らなくてもキャラ声優によるアニソンは「アニソン」であると認定できるかと思う。
こういう疑問もいずれ真面目に考えたいなと思うのだが、その前にいくつか本を読みたいし、チャンスもいつかくるだろう。
さしあたって自分の見解としては、「アニメ知らなくて聴くアニソンはアニソンである」である。前提として、「アニメは知らないがそれがアニソンであるという知識はある」場合だ。
ぼくもアニソンって面白いなと思って中学生以来改めて聴きはじめたのはどちらかといえば、「アニメ知らないけどアニソンとは知っている」状態からだった。ひだまりスケッチやエウレカセブンなどは何度も曲を聴いているうちにアニメにも興味がわいた(エウレカセブンは結局あまり見てない)。
タイアップ
アニメとミュージシャンのタイアップによって成立するアニソンのあり方と並行する問題として、TVドラマ(三次元)のタイアップはドラマの本編を知らなくても「ドラマ主題歌」なのかという問題も立てられるように思う。
ところがぼくのカジュアルな感覚では、その歌はどちらかというとミュージシャンの側に属するように思われる。
この違いは、おそらくアニソンであれば主人公格のキャラがアニソンのボーカルを取ることも多く、これがアニソンのジャンルを大きく定義するのだと思うが、TVドラマの場合、主演俳優がボーカルを取るということはあまり例がないのではないか(この点は反例がおおくありそうなので、要検討)。
仮にそういう自体があったとして、それはドラマのキャラがボーカルを取っているというよりは、ミュージシャンでもあるところの俳優がボーカルを取っているというふうに感覚されるのではないだろうか。
譲歩
もちろん、TVドラマでもキャラソン的なものはあり、歌詞の内容などから明らかにキャラとして歌っている例もあるだろうが。
アニソンの演技
ひるがえって、このようなアニソンとTVドラマにみられるような性質のちがいを考えると、「声による演技」という問題が「アニソン性」とそうでないものを区別しているのではないかと思われる。もちろん、そこには商業的な流通や制作資金の流れ、広報戦略のちがいもおそらく埋め込まれているだろう。
先にいった「アニソンの主人公格のキャラがアニソンのボーカルを取る」というのは、声優がどんな作品もまたいで一貫した声の演技をしているわけではなく、作品やキャラに応じて「個性的」な声をつくりだしているという慣習による見え方だと思う。
TVドラマの場合は「個性的な声をつくる」演技への注目よりも、姿形だとか顔の表情だとか、声の抑揚へと注目がシフトされるので、アニソンが持つほどに「キャラの声」と「主題歌のボーカル」が強固に結びつけられないのではないかと思う。
アニソンであるために
ではキャラが歌っていない、ミュージシャンとのタイアップはどうなのかという問題は解けないが、仮説としては「アニソンが持つ独自の空間があり、そこにミュージシャンが置かれるとアニソン化される」ぐらいしかいえない。
とりあえず以上。